Saturday, September 22, 2007

 

Isamu Noguchi Museum



Noguchi museum~広島とNY~
ずーっと行きたかった夢のイサム・ノグチMuseumへ!!
この日一日、鳥肌が立ちっぱなしのことばかり・・・

Japan Societyでお仕事をされているK子さんがご自宅のあるQueensに招待してくださったので、Queensに行くなら是非Noguchi Museumに行きたい!という私の希望で
ご一緒することができてとても嬉しかった~。

もともとNoguchiのアトリエだったところを改造してMuseumになっている。
オープンエアーになっていて、天気がいいときは日の光、冬は雪がちらついたり、雨が入ってきても、どんな天気でも作品が自然と溶け合うようにデザインされていると聞いた。
それだけでも私は大感動。
(上の真ん中の写真)光と影と作品が見事に溶け合ってる!

入った瞬間から不思議な感覚でびりびり感じる何かがある!こんな感覚は
アントワープの(ベルギー)大聖堂でルーベンスの絵を見て以来だ!
どの作品を見ても、エネルギーを感じる。丁度ツアーを聞くことができたのだけど
彼は、素材(石)の声をききながら、作品を作っていったそう。それは
日本の自然崇拝の精神がNoguchiの作品を作りだしているというのを知った。
Noguchiは、時代背景からも常にアメリカ人と日本人との狭間で自己のアイデンティティーの確立にかなり翻弄されていたことは有名で、作品はもちろんだけどイサム・ノグチという人の人生に興味を惹かれる。
K子さんも同じことをおっしゃってたが、でも生前世の中に認められないアーティストもたくさんいる中で、生前中に認められたことはアーティストとして幸せだったんじゃなかったのかな~」とおっしゃっていたことに同感。

何よりも衝撃的だったこと!!!
Noguchiは広島の平和公園の建設に関わるはずだったのに、アメリカ人の血が入っているという理由で採用されなかった。。ということは知っていたのだけど・・・
学芸員の方のツアーで衝撃的な事実が!
学芸員の人が、これを見て何を思いますか?という質問↓この写真。

私は「へ~平和公園のモニュメントとに似てるな~」と思ったんだけど
なんとそれが採用にならなかった作品だった!!
今の平和公園のモニュメントとデザインがそっくり!!!!!
これってNoguchi作品の盗作なんじゃない~
(ちなみに今の平和公園の作品は誰???)
丹下健三(平和資料館の建築をした人)の招致だったことNoguchiiには
なぜ不採用になったのかは知らされなかったことを始めて知った。



あまりの興奮と感動に私はふらふらしながらカフェへ。しばし
K子さんと話をしながらくつろぐ。
K子さんも私も、一人の人としてのNoguchiにとても興味がある。
日本とアメリカの狭間で生きてきた人。決してずっと幸せだったわけじゃなく悩んでたほうが多いはず。

New York-広島となんだか不思議な縁を感じた。

それにしても、このカフェはまさに私のドリームルームだ。Noguchiテーブルにランプ。はあ・・・素敵過ぎ!

 

NYハンターカレッジの川島先生に会う


LAからプラス100ドルでNYまで行けるというので、やっぱりNYに行ってきました。
今回は身震いがするような"縁"を感じることが本当に多かった。
その中のお一人がHunter Colledgeで日本語とClassical Studyを教えていらっしゃる
川島敦子さん。前にもブログに書いたことがあるが、87歳現役の教授。

NY私立大学の川島さんと会う。
川島さんに Upper East Sideにある、人気のある日本料理屋さんで、美味しいおすしをご馳走になる。
レストランで待ち合わせだったけど、トルコブルーのシャツにリュックサックを
片手に颯爽と歩かれていたのがとても印象的。
凛とされていて(まさに“凛”という言葉が似合う方にこれまでお会いしたことがない)腰が低く、誰に対しても丁寧なお方。
川島さんから学ぶことが本当に多いし、人生の勉強させてもらうことがたくさん。
お話を伺うと、プライベートでもお仕事でも決して平坦な道ではなくて
ものすごく努力をされている。
川島さんと話をしていると「もう年だから…」とか「~があるから~ができない」という言い訳がどれだけ簡単か身につまされる。
はっきり言って痛い。
58歳という年で修士を始められたこともすごいし、今も現役でお仕事を(この日も6時間の授業をされて、お疲れにも関わらず、夜遅くまで一緒に食事をしました)
こういうすばらしい方とお知り合いになるだけで、とてもありがたいと思う。
川島さんは、生徒さんや若い人たちに、ご自分が経験なさったこと(少女時代の戦争体験、敵国だったアメリカに住むことになり、そこでずっとお勉強されたかった英語を習得され
日本語を教えていらっしゃる。また9.11をご経験なさったあと、平和が大切なこと
をどうしても伝えたいと・・・)熱望されている
生涯現役で、様々な人たちに伝えたいことがあると強い意志をお持ちのことを
強く感じました。
近い将来、広島で講演をすることがひとつの夢とおっしゃっていたので
私で力になれることをしようと思っています。
励みになる本なので、ぜひご一読を!

Friday, September 21, 2007

 

LAの結婚式




今年の夏休みは子供のときからの友達の結婚式のためLAに行ってきました。
友達は日系3世、ダーリンは中国系4世。とっても素敵な幸せな結婚式でした。文化的にも私はとっても興味深かった。
結婚式のパーティーはガーデンでブラウンとピンクで統一された超こだわりウェディング。新婦はウエディングドレス、お母さんの振袖そしてチャイナドレスと衣装がえをして、食事もお酒もとっても美味しくパーティーはとてもみんながよく話し、笑いHappyでした。
式(セレモニー)自体は仏教のお坊さんが結婚式を執り行い、何故か仏式なのに三々九度(Sake ceremonyと言っていた)しかもお屠蘇セットが使われていた!カリフォルニアの日系社会ではもっともポピュラーなスタイルだとか。

そう、文化がものすごーくミックスされている。
いつのまにか、仏教も神道もミックスされたらしい。
文化というのは面白い。そして乾杯の音頭が済んだあとでお坊さんのスピーチがあり
お坊さんが「それではみなさん、いただきます」と言って食事がスタートしたのには驚いた。
私が「えー今いただきますって言った?」と確認すると「もちろん、日本人だからね」という答えが。そうか~みんなアイデンティティーは日本人だと思ってるんだ。。。とか
色々考えてしまったよ。
和太鼓グループと中国のドラゴンダンスの素晴らしいパフォーマンスあり、子供のときからお友達達との一気飲みショット!あり、最後のダンス(私の母の夢!)ありのとても思い出に残るLAの旅でした。

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